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宇崎竜童は矢沢永吉をかつてライバルとして意識していた?!

ロック歌手として有名な宇崎竜童さんですが、同時期に活躍されていた矢沢永吉さんをライバルとして意識していたとか。

今回は、宇崎竜童さんが矢沢永吉さんをライバル視していた理由やその後についてお伝えしていきます。

宇崎竜童のライバルは矢沢永吉?

宇崎竜童さんは義理のお兄さんがしているプロダクションに呼び込まれ、そこで6つぐらいのバンドをレコードデビューさせるのが音楽業界での最初の仕事だったそう。

その6つのバンドはコピーバンドだったことがきっかけとなり、そのマネージメントしているバンドのライブにて宇崎竜童さんが歌ったことでレコード会社の目に止まり、宇崎竜童さんに歌手デビューの話が来たとのこと。

そして、1973年に『ダウン・タウン・ブギウギ・バンド』を結成し、『知らず知らずのうちに』という曲にてデビュー。

初めはリーゼントに革ジャンを着て歌っていましたが、あることをきっかけに衣装をガラッと変えることになったそうです。

それが、矢沢永吉さんがリーダーを務めるCAROL(キャロル)。

実は、宇沢竜童さんが『ダウン・タウン・ブギウギ・バンド』にてデビューする半年前くらいの1972年6月に『キャロル』がデビューしていました!

その当時のキャロルの画像がこちら。

『ダウン・タウン・ブギウギ・バンド』のキャラとよく似ていますよね。

『キャロル』が先にデビューしたこともあり、キャロルが有名になるにつれ、『ダウン・タウン・ブギウギ・バンド』が『キャロル」の物真似と言われることに。

このことがあり、宇沢竜童さんの『ダウン・タウン・ブギウギ・バンド』は衣装を白つなぎに変更するハメになり、ここから宇崎竜童さんは矢沢永吉さんをライバルとして意識していたとのこと。

でも、白つなぎという衣装もこれはこれで凄く印象的ですし、アリですよね!

確かにほとんど同時期にデビューし、衣装まで変更することになったらライバル視しない方がおかしい気がします。

ちなみにですが、宇沢竜童さんは矢沢永吉さんとキャロルについて下記のように語っていたとのこと。

自身は徒党を組む方でやり方は違うが、矢沢は横縦つながりを持たずに一匹狼。ロック・フェスにも出ないし自力であそこまで行けたのは立派だと思う。彼はロックンロールの中で確立しているけど、ぼくはロックンロールよりも、少し広いところで商売をしている。言っていることを行動に結びつけて実績を作るーそれは認めるけど、それは体質的にダメ

引用:話は映画ではじまった Part1 男編

確かにこの言葉通り、矢沢永吉さんはほぼ歌手一本のイメージがあります。

それとは対照的に、宇沢竜童さんは作曲家としての活動もされており、山口百恵さんにあらゆる楽曲を提供し、山口百恵さんの全盛期を支えたとの言われていますね。

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宇崎竜童がバンドを解散したその後

1976年頃からあまりヒット曲が出なくなり、作曲家としての活動が目立つようにもなり、代表的なところでいうと、山口百恵さんに『横須賀ストーリー』や『さよならの向こう側』などの楽曲を提供し、ヒットさせてきました。

1980年には『ダウン・タウン・ブギウギ・バンド』から『ダウン・タウン・ファイティング・ブギウギ・バンド』へと改名をしましたが、翌年の1981年に解散。

それからは映画や監督、ドラマ出演など幅広く活動されるようになり、1984年に『竜童組』を結成したものの、6年後の1990年に活動休止をされました。

その後、1993年に井上堯之さんと共に『宇崎竜童&RUコネクション with 井上堯之』を結成し、1998年以降はソロとして活動されています。

最近、米倉涼子さん主演の『ドクターX〜外科医・大門未知子』にゲストとして第9話に出演されることも明らかになりました!

現在も幅広く活動されているみたいですね!

まとめ

今回は、宇沢竜童さんが矢沢永吉さんをライバルとして意識していた経緯やその後の宇沢竜童さんに関してお伝えいたしました。

宇沢竜童さんからすると、矢沢永吉さんを意識しないようにしても無理な話なんじゃないのかなとも思いました。

経緯を考えてみると、ライバル視して当然のような。

今後、どこかで共演とかがあれば凄く面白そうです!当時のお二人のお話とかを聞いてみたいですね。

 

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